「この世界の片隅に」で、明日もちゃんと生きたいなと思った話

きっかけは、フォロワーさんからのプレゼンでした。


不特定多数に向けた営業は苦手なので、けーこさんを勝手に巻き込もうかね


という前置きから始まり、半狙い打ちプレゼンツイートをされた結果、まんまと観に行きたくなりました。

「この世界の片隅に」公式サイト

いや、実は公開当初から気になってたんですけど、公開当初は四国では上映されてなかったんですよ。

しかし、フォロワーさんにプレゼンされる少し前から、地元の映画館での上映が始まってて、「神が見に行けと仰せだ……!」みたいな気分になって、見てきました!

最初はネタバレなしで感想書いていこうと思います!

とはいっても、どんでん返しや大がかりな謎解きは無いし、ざっくりした言い方をすれば、

ネタバレになるような派手なストーリーはないんだ。

個人的には、「ハウルの動く城」が好きな人や、石田衣良さんの小説が好きな人には、おすすめ。

物語は、第二次世界大戦末期。

広島市内から軍港のある呉市に嫁いだすずさんは、嫁入り先で慣れない生活に奮闘します。

山の麓の方から汲んでこなきゃいけない水、少なくなる配給と節約ご飯の準備、ちょっと気の強い義姉、好きかどうかもわからないまま一緒になった周作さん。

お隣さんに食べられる野草を教えてもらったり、姪っ子ちゃん(義姉の娘さん)と呉港に浮かぶ軍艦を眺めたり、趣味の絵を描いたり、嫁ぎ先の家族に親切にしてもらったり。

この世界の片隅で、当たり前のように、とんでもなく普通に、戦時を生きた一人の女性の日常。

20歳前後のすずさんの、昨日と今日と明日の物語です。

この、プレゼンしてくださったフォロワーさんも、「『好きとか、面白いとか、言ってしまっていいのか分からない』は通る道だと思う。私もまだ言い淀む」と仰ってました。

確かに、言い淀む。でも、私は胸を張って言うぞ!

私は、この映画を見て良かった!!

1.あの時代の日常を知る

フォロワーさんのプレゼンを受けて、私は自分が知ってる「戦時の暮らし」について考えました。

「戦争」のイメージって、どんなですか?

主人公が先頭切って戦うファンタジー世界のじゃなくて、第二次世界大戦の日本って、どんなイメージですか?

  • 赤紙礼状?
  • 空襲警報?
  • 学童疎開と防空壕ともんぺ?
  • 戦闘機と軍艦?
  • 食糧不足で赤ちゃんに飲ませるお乳の出ないお母さん?
  • 学徒動員と竹槍と国民皆兵?
  • 「ほしがりません、勝つまでは」?

思い起こしてみると、すごい偏ってるんですよ。

教科書や資料集に載ってたような、「戦争の悲惨さ」しか知らないなって。

もちろん、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」の時代ですから、とても苦しい生活や、厳しいルールがあったことは確かです。

でも、結局そういう戦時の過酷な知識って、「『日本は二度と戦争をしない国になりました』という教育のために教えられたもの」だったなって。

  • どういうご飯を食べてたの?
  • 限られてる中でも、娯楽ってどんなものがあったの?
  • どんな服を着て、どんな生活リズムだったの?
  • 普通に友達と遊んだり、恋愛したり、できてたの?
  • 辛くて苦しい生活の中でも、普通に笑ったり、怒ったりして、生きられていたの?

そういうこと、ちゃんと知ろうともしてこなかったな、ってことに気づいたんですよね。

ただただ、「戦争すると、兵士も苦しいし、女性や子供も悲惨な生活になっちゃうから、やめようね」っていう結論のためのことしか知らないんだなって。

「この世界の片隅に」には、そういうことを知る機会があります。

序盤は本当に途中で退屈になるくらい、普通の生活描写ばかり。

昔ながらの男性主導の縁談で(旦那さんになる周作さんが、すずさんの父親に、すずさんを嫁に欲しいって言いにくる)、お嫁に行くことになるすずさん。

嫁ぎ先の山の上の家には水道が引かれてないから、麓の方まで水を汲みにいったりする。

ご近所さんと回覧板を回し、配給係をし、着物をもんぺに作り直し、食べられる野草を摘んで節約ご飯を作ったりする。

がんばって作ったはいいけど節約ご飯がおいしくなかったり、帰省してきた(既に嫁に出てる)意地悪な義姉が新妻すずさんの仕事を奪ったり、配給でもらった豆腐を落としそうになったり、貴重な砂糖ダメにしたりする。

おばあちゃんに嫁入り前に教えてもらった、初夜の問答を覚悟してドキドキしたりするけど、初日には周作さんとはそういうことにはならなくて肩すかし食らったり(!)する。

大好きな絵を描いてて、軍艦をスケッチしてるところを憲兵に見つかって、スパイ扱いされるものの、普段は意地悪な義姉まで含めて家族全員「こんなとろい子がスパイなわけない!」って大爆笑したりする。

確かに、戦時中だったからこその出来事や、古い価値観なんかも根底にあるんですけど、すずさんは普通の20歳の女性してるんですよ。

旦那さんになった周作さんとはドキドキしながら夫婦をする。

義姉がいる時はちょっと憂鬱だし、家事の息抜きに絵を描いたりもするし、おっとりのんびり裁縫したり電車乗り逃がしたり、ストレスではげたりもする。

周作さんとデートで映画館へ行こうとするシーンもあって、私はびっくりしました!

あの時代に映画ってやってたんだ?! って。

「モガ」って単語も出てきて、これはいわゆる「モダンガール」、当時には珍しくワンピースを着たりハットをかぶったりして喫茶店やなんかに行くような、流行最先端な女性たちのことなんですけど、第二次世界大戦くらいにはもうワンピースなんてあったのか、って驚きました。

そういうの、全部戦後くらいだと思ってたんですよ。(これは単に私の勉強不足だけど)

でも、戦争の気配が色濃くなる前、洋楽が「敵性音楽」としてにらまれるより前には、洋風の習慣や生活は日本に根ざしてて、日常のひとつだったんだなって。

映画の中には本当に普通の生活があって、当時の生活様式や背景がたくさん知れると共に、現代の私たちと変わらない人たちが暮らしていたことを知れました。

昔、私の祖母に、祖母が若かった時の写真を見せてもらったことがあります。

終戦後に生まれた、末の妹さんを抱いて笑っている写真です。

セーラー服を着た祖母が私にそっくりで笑ったものですが、冷静に考えると、つまり祖母は戦時中、学生だったということです。

もしかしたら、すずさんみたいな節約料理を食べていたのかもしれないし、(映画でちらっと映った学生のように)はちまき巻いて愛国の歌を歌って行進したりしたのかもしれない。

あの日常は、あの暮らしは、あの世界は、確実に私の祖母を育んだ世界で、私の祖母が幼少期に経験した暮らしで、きっとその考え方や価値観は私の母に、私に、受け継がれてる。

これは個人の話に限らず、きっと社会や企業や文化や娯楽の中にも同じことが言えるはずで、遠い昔で自分とは関係ないと思っていた「戦時下の暮らし」を知れたのは、本当に良い機会だったと思います。

私の祖母はしんどい話や苦労した話はしない人で、コカコーラとピザを愛する明るい人だし、私も戦争に興味はなかったから、今まで戦争の時の話を聞いたことがありません(ちなみにまだ全然元気で、登山やヨガや旅行を趣味にしているので、今訊こうと思ったら全然普通に話が聞けます)

きっと世の中には私みたいな人もたくさんいて、逆にもう身近にそういう話を聞ける人がいない人もたくさんいて、これから生まれてくる世代なんかは戦争経験者が身内にいない人が増えていく時代です。

確かに、「この世界の片隅に」もハッピーで平穏なばかりじゃありません。どんどん増える空襲に、亡くなる身内や、失うものも積み重なる一方です。戦争が引き起こす辛さや強いられる過酷さは、伝えていかないといけないと思う。

でも一方で、そういう中でも、こんな暮らし向きがあった、こういう生活があった、そしてそういう生き方をしてきた人たちが、今の私たちに続いてるんだっていうことも、残していくのも大事だと思います。

ただただ、一方的に悲惨な知識ばかり集めて、「戦時中の人はかわいそうだった」って私たちが思いこむのは、あの時代に一生懸命普通に生きた人たちに失礼だと思うから。

そういう意味で、今も既に話題だけど、もっともっとたくさんの人に見て知ってもらえたらいいなって思う。

2.これは、昨日と今日と明日の物語

上でも書きましたけど、そんな派手なストーリーは無いです。

すずさんは絵を描くのが好きな普通の20歳の女性なので、伝説の何かを集めたり、世界を救ったり、眠れる能力を解放して侵略者と戦ったりはしません。

心折れるような出来事や、胸が痛むような出来事、それをどうやって乗り越えるかという葛藤はありますが、真の主婦の力みたいなのを手に入れたり、町内で一番偉いボスママの座に上り詰めたりはしません。

相変わらず家事はどんくさいし、流されるみたいに人生決めたりするし、割と色々ため込んで積もり積もった感情を爆発させたりもするし、人間20歳越えるとそうそう劇的に性格変わったりしないよね、という感じです。

でも、それが「この世界の片隅に」の物語なんです。

舞台が広島で、第二次世界大戦末期ですから、お察しの方も多いと思いますが、物語の途中、呉の軍港を潰すための空襲はありますし、原爆も落とされます。

(※そういう意味では、爆撃音や狙撃音や警報や、空襲描写なんかに恐怖を覚える人は、観られるかどうか自分の心と相談した方がいいです)

戦争の気配が濃くなってくると、防空壕にこもる描写も増え、空襲警報が延々と鳴り響き、あわや爆撃が、というシーンもたくさんあります。

でもすずさんは、今日もちょっぴり不器用で、炊事を失敗したりするんです。

今日もまた、周作さんと本当にちょっとずつ、普通の夫婦っぽくなっていくんです。

年は経るし、季節も変わるし、戦争は激しさを増して終わるから、そりゃもちろん変わっていくことも多いです。

でも、すずさんは、明日も呉で「北條さんとこのお嫁さん」をやってる。

心底腹立つことも、身を切られるように辛いことも、涙も枯れるような苦しいことも経験するけど、それを消化したり、大事に抱えたり、まだ心に刺さったままになってたりしながら、明日に向かっていくんです。

優しいお義母さんが、後半で言うんです。

「まだ、明日も明後日も、続いていくからね」

人間だもん。生きてる限りは、ずっと続くよね。

変わるものもある。変わらないものもある。

洋画や少年マンガにあるような、劇的な事件をドラマチックに解決したカタルシスみたいなものはない。

普通の主婦が個人でできることなんてたかが知れてる。周り頼みになることも多い。

戦争なんて大きなものが、始まるのも終わるのも、どこかの誰かが決めたことで、周作さんが籍を置く海軍だって、結成も解体もどこかの誰かが決めること。

だから、「この世界の片隅に」という映画が終わっても、すずさんの人生は続くし、昨日から地続きの明日が来るんです。

楽しいとか、面白いとかいう感想は、言っていいのかわからない。

すずさんが経験した苦しみや、戦争の影響の辛さ「も」描いてる作品を、そういう風に表現していいのかわからない。

超絶ドラマチックな緩急のあるストーリーでもないこの作品を、そういう風に評していいのかわからない。

でも、とても興味深くて、味わい深いものがあって、明日もちょっと前向きに生きようって、死にたくなったらちょっと立ち止まって深夜に一人ででもいいからこれ観ようって、思えるような作品でした。

それは別に、戦争で否応なしに死んでしまった人に申し訳ないとか、そんな大それた話じゃないんです。

お義母さんが言った「みんなが笑って過ごせるのがええね」とか、すずさんが言った「笑顔の貯金箱になろうと思ってる」とか、そういうものが、じんわり私の心に残って、まだちょっと踏ん張ろうって気持ちになれるからです。

あと純粋に、すずさんと周作さんの関係性が可愛いです。

周作さんの、ずーっと一本気にすずさんに恋してて、優しくしてあげたくて、大事にしたくて、でもすごく不器用な感じが、観ててにやにやします!

すずさんはすずさんで、自分を求めてくれて、お嫁にいって一緒になったからには、良いところ探して好きになりたいなって、ちょっとずつ意識しちゃうなって、じわじわ恋していくんですよね。

この夫婦が、どういう夫婦になっていくのかを見守るのも、ひとつの見所です。

夫婦になってゴールじゃないから。

いつか人生が終わるその日まで、どんどん2人だけの夫婦って関係性が作られていくから。

初めてのケンカのシーンなんか、本当に可愛い。

いつもいつも私好みの極上の美酒をTLカウンターの上に滑らせてくる、TLバーテン様。

この前置きから始まる一連の宣伝(全部ツリーで観れるようにしてくれてます!)を是非読んでくれ!

素敵な作品を教えてくださって、ありがとうございました!

3.以下はネタバレ有りの感想

義姉との関係性は結構、観てて辛いものがありました。

仲良くしたいけどうまく仲良くできないすずさんの気持ちもわかるし、実家に帰ると知らない内に知らない子がいるお義姉さんの居心地の悪さもわかるし。

晴美ちゃんが亡くなって、すずさんが腕を失くした後の、お互いのいかんともしがたい無念さもよくわかります。

でも、周作さんや、義父母とはまた別のベクトルで、すずさんが呉での生活で頼りにしていたのが義姉さんだっていうのもすごく伝わってきて、「ここにいさせてください」って義姉さんに抱きつくシーンは、ぐっとくるものがありました。

終戦後に、一緒に炊き出しのスープ飲む時に、義姉さんがすずさんに飲ませてくれた笑顔が、本当に大好き。

すずさんはぼんやりしてるし、自己主張全然しないし、義姉さんにも「流されるみたいに生きてる」って言われるけど、すずさんはすずさんなりに、行き着いた呉の北條家で生きていく努力をしてる。

だから、周作さんに、「自分の嫁が他の男(水上さん)と一晩過ごすこと」に怒ってほしかったんですよね。

だってもう、周作さんのお嫁さんなんだもん。自分の伴侶として、注意すべきところは注意してほしいよね。無関心みたいで寂しいじゃないですか。

すずさんなりに北條家の一員になろうと努力してるのに、色々空回って、晴美ちゃんは死なせちゃうし、自分は怪我して家族の手は患わせるし、何も上手くできなくて、爆発した結果が「広島に帰る!」だったんだろうなって。

なかなか感情的にならないすずさんだから、余計に切なかったなあ。

でも、お義母さんが、すずさんが砂糖壷落としちゃった時に、いやな顔ひとつせずに隠してたお金出してきて「闇市で買っておいで」って言うのとか、周作さんが「最近食が細くて心配してた」って言うのとか、空襲があった時にお義父さんが呆然と突っ立ってるすずさんを「何やってるんだ!」って怒りながらかばってくれるのとか、義姉さんが「生きていく場所はあんたが決めな」って心配してくれてるのとか。

北條家は北條家なりに、すずさんを一緒に生きていこうと受け入れて、すずさんを安心させようと努力してる。

血がつながってるとか、つながってないとか、家族だからとか、そういうのを越えて、相互努力の積み重ねだなって思います。

人間と人間の関係だもん。最低限の努力は必要だよね。そして、それがちゃんと相手に伝わって、お互い少しずつでいいから認めてあげるの大事だよね。

映画を観ていたら、戦時下の生活はやっぱり厳しいことが多かったです。

おかずがなくて、何かを混ぜて嵩増ししたご飯しか食べられなかったり。

紙も何もどんどん足りなくなっていくのも、住んでた場所が一瞬で無くなってしまうのも、恐怖でしかない。

終戦の宣言を聞いて、すずさんが半泣きで怒り狂ったシーンは、もう観てて辛かった。

偉い人たちが、「お国のため」「今は堪え忍ぶ時期」「最後の一人になるまで戦う」って言うから、晴美ちゃんが亡くなったことも、自分の腕が失くなったことも、住んでる街が焼けちゃったことも、まともなご飯が食べられない日が続いたことも、「お国のために」ぐっと堪えて飲み下そうとしてきたのに。

偉い人がたとえ建前でもそうやってしてた「言い訳」を全部引っ込められたら、失ったもの、我慢してきたことの、正当性や理由がつかなくなるじゃないですか。

「最後の一人になるまで戦うんじゃなかったんか! まだここに(この場でラジオを聴いてる人だけでも)5人いるのに!」って怒り狂うすずさん。

小さい頃は、こういう戦争もので、終戦になって怒ってる人が理解できなくて、「平和に暮らせるようになったんだからいいじゃん」って思ってたんですけど、違うんですよね。

その言い訳や大義名分がなくなっちゃったら、今まで自分が耐えてきたこと全てに意味がなくなってしまうんですよね。我慢してた悲しいことの全て、無意味だって言われたみたいで。

でも、やっぱり戦争が終わって良かったなって思うこともあるんです。

義母さんが「いつかみんなで食べようと思って取ってあったの」って白米を出してくる。

おかずがなくても、何も混ぜてない白いお米が炊きあがる。

義父さんが、電気の周りを覆ってる黒い布をはずしながら、「折角のぴかぴかの白いお米が見えないじゃないか!」って笑う。

日が落ちて、暗い街に、いくつもの明かりが灯る。

この世界の片隅の、普通の生活が戻ってくる。

これは昨日と今日と明日の物語だから、心配なことはいっぱいあるんです。

原爆の放射能は、長い間空気中に漂ってますし、風に乗って広島市の外にも広がったし、土や建物にも残留してる。

広島市の外で被爆した人もいるし、後日広島市を訪れた人も被爆したりしていたはずです。

終戦後に広島市を訪れて、家族の安否確認をしたすずさんだって、その後発症しないとは限らないし、生き残っていた妹さんは発症していました。親を失った子を北條家に連れて帰って、周作さんとすずさんの娘に迎え入れていましたが、あの子は確実に被爆していましたし。

でも、それでも、また明日の朝日が昇ったら、すずさんは麓から水を汲んでくるんだろうし、呉で北條さんちのお嫁さんとして生きていくんですよね。

この世界の片隅で、何があっても当たり前のように、普通に生きて、笑顔の貯金箱になるために。

ずーっと何があっても泣かなかったのに、エンドロールで娘さんががんばってお洋服作ってくれた辺りで大泣きしてしまった。

明日も明後日も、あの子は北條さんとこの娘さんとして、すずさんのへたくそな裁縫を習って、もしかしたら義姉さんみたいに素敵なモガになるかもしれなくて、いつか周作さんとすずさんを「お父さんお母さん」って呼べるようになるかもしれないから。

面白いとか、楽しかったとか、そういう感想でくくれないけど、不安も心配もいっぱい残る物語だったけど、前向きに明日も踏ん張って生きていこうって思い直せる物語でした。

すずさん、明日も北條家で、ご飯吹きこぼして、みんなに愛されて、のんびりまったり、普通に生きててください。

いつか左手で、絵を描いて、周作さんの手を握って、娘さんの頭を撫でてね。

原作もちゃんと読みたくなってる……。

序盤でお祝いされてたお腹の赤ちゃん、栄養足りなくて育たなかったのかな……原作では何か言及があるんだろうか。


余談

私は幼少期を一時期広島で過ごしました。親が転勤族だったんです。

なので、原爆についてはそこそこ勉強したつもりです。

道徳の時間、全校集会、社会科の時間、社会見学、遠足。一学期に3回くらいは原爆関係の体験記を読んだり、アニメを見たり、記念公園や原爆ドームへ行く機会がありました。(千羽鶴もいっぱい折って、学級委員だったから日曜に代表で寄贈に行ったりもした)

あまりの高温で、一瞬で蒸発して壁に人影だけ残っているとか。

全身の皮膚がべろべろにめくれてしまった人たちが、涙も声も枯れて呻きながらさまよったとか。

みんな熱くて苦しいから川へ飛び込んだけど、川の水も熱湯になってしまってるから川に焼死体の山ができてしまったとか。

長い間空気中に放射能が漂っていたせいで、後日広島に来た人たちも被爆して、後遺症に苦しんだとか。

日本は唯一、広島と長崎にそういうものを落とされた。だからこそ、その悲惨さを伝えて、廃絶を訴えていく必要がある、とか。

子供ながらに、子供だからこそ、そういう勉強をする毎に、「辛かったろうな、苦しかったろうな、可哀想だな」っていう思いが先行して、とにかく戦時下の生活は可哀想なものだって決めつけてた節がありました。

でも、映画を観て、私は、晴美ちゃんが亡くなったことに泣いたんじゃないんだよ。水上さんや鬼ぃちゃんが戦死したことに泣いたんじゃないんだよ。すずさんが腕を失ったことに泣いたんじゃないんだよ。

新しい北條家の娘さんが、洋服を作ってくれたことに泣いたんだ。

辛いことも、苦しいことも、きついことも、やりきれないことも、いっぱいいっぱいあったけど、明日みんなで笑える毎日を目指そうとした人たちの「普通」を、可哀想って決めつけるのは、本当に良くないなって。

明日も、私も、この世界の片隅で、当たり前のように普通に生きていこう。

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