偽善者たちが転生する物語【ぼくの地球を守って】


「古い」っていう感覚は、映画でも漫画でもエンタメを摂取するときには、取り払うのが難しい要素ですよね。

演出も、ギャグも、時事問題や文化水準も、どう足掻いても時代と共に移り変わって、古くなっていく。新しい表現方法がどんどん生まれていくからっていうのもあるけど、純粋に科学技術や世界の「普通」が更新されていくから、難しいよね。長寿アニメ、長期連載漫画で、キャラが持ってたポケベルがスマホに差し変わるのは、どうしようもない問題だし。(今の時代に昭和が舞台の作品を作るというのとはまた別ですよ)

かくいう私は、スター・ウォーズは通ってこなかった人間なので、今からエピソード4(シリーズで一番最初の映画)を観ようって気分になるのは、すごく難しいです。映像もだけど、昔のファンタジーの服装やセットや小物は野暮ったくて古臭い印象が、どうしても拭えない。

スター・ウォーズを例に挙げてしまったけど、どうしてもひと時代昔のエンタメになると、「古い」って感覚は結構大きなマイナス要素として存在するものじゃないかな。

逆に言うと、そのどうしようもない「古い」を乗り越えて観れるかどうか、っていうのは、エンタメで大事な要素のひとつなのかもしれないですね。

 

ようやく本題です。

「ぼくの地球を守って」を全巻一気読みしました。

(1巻と2巻は期間限定無料版を買ったので、ちゃんと表示されてない)

私が生まれる前の作品なんですけど、少女漫画で育った人間だし、花ゆめ漫画は母がずーっと色々好きだったので、あのノリには抵抗感が少ないこともあって、演出やギャグが昭和なこと以外はめちゃくちゃ面白かった!

全体的な「古い」印象を乗り越えられるくらい、個人的にとても好きな作品だったので、感想を書いて布教に努めます。

 

簡単なあらすじ

主人公である高校生のありすは、植物と会話ができたりするかなり内気で大人しいタイプの女子で、お隣に住む小学生の輪にまでいじめられる(からかわれる)ようなメンタルの弱さ。数少ない学校の友人(男子)たちが、毎晩のように変わった夢を見るという話を興味津々に聞くような、空想の世界やファンシーな出来事も普通に受け入れられる普通の女子高生。

ある日、苦手な輪を預かって2人で留守番をすることになる(昭和の時代には、お隣さんの子を預かるとか、よくあった)が、その際に輪がマンションの15階のベランダから転落。ありすの動揺をよそに、退院して意識を回復させた輪は人が変わったようになり、ありすに求婚する。

その頃、ありすは級友たちが話していたような奇妙な夢を見る。その夢はどうも前世の記憶であり、級友たちは前世でも交友関係のあった者同士だと判明。ありすたちは、同じように過去の記憶を持つ、転生者を集めることに奔走する。

しかし、転生者が集まったところで、何をするのか。過去の無念、やり残したこと、伝え損なっていた思いなどが明らかになっていくうち、現代を生きる自分たちがあまりにも過去に引きずられていることに気づき始め……。

 

基本的には、記憶持ちの転生もので、過去の記憶とどう折り合いをつけていくかというのが、物語の主軸のひとつです。

少女漫画ですし、ベースに恋愛色があるので、ドロドロした前世からの因縁ものと思われそうですけど、「記憶を持って転生した人間が、これからをどうやって生きていくのか」を模索する物語であり、一番過去に引きずられていたヒーローをヒロインがどうやって助けてあげられるかというお話でした。

COC好きな人に簡単に説明すると、「クローズドシナリオで次々と探索者が死んだ後、最期に生き残った探索者が発狂した後に何かを製作して遺した。記憶持ちの新規探索者たちで、遺されたものが何かを探っていくシナリオ」って感じでした。

 

以下、ネタバレ込みで感想を書いていきます。

 

 

ヒーローがガチ悪役小学生の少女漫画

「SF系少女漫画の金字塔」という評が挙げられる、「ぼくの地球を守って」ですが、何がすごいって、ヒーローがガチ悪役なんですよ。すげえよ。

ベランダから転落した輪は前世の記憶を取り戻して(覚醒して)、過去自分が「紫苑」であったこと、「木蓮」(ありすの前世)をこの世で一番心の支えにしていたこと、生前に抱いていた不安感と焦燥感と孤独感と恐怖を全部取り戻します。

超絶ネタバレだけど、月面の基地で流行り病で全員死に、母星(地球じゃない惑星で、前世の彼らの祖国)は滅び、最早助けも行ける場所もどこにも何もないドン詰まりで、仲間の死体に囲まれながらたった1人で9年も生き延びた紫苑は、晩年発狂していました。

しかも、1人で生き延びてしまったのは、木蓮に片思いしてた秋海棠という青年が、木蓮を奪われた腹いせに紫苑にだけワクチンを打ったからです。全員死んだ後にそれに気づいた紫苑は秋海棠へ並々ならぬ憎悪を抱いたんですけども。

とにかくそうして発狂しながら生きた9年間に、紫苑は何らかの機械を作り上げました。

しかし、転生した輪は、自分がかつて何を作っていたのか思い出せません。頭がおかしくなっていたし、ずーっと自分1人だったせいで日付感覚もぼやけて、記憶が曖昧なんです。

転生した輪は、とにかくその記憶の空白が不安で仕方がない。自分が何をしようとしていたのか、ひたすらに恐怖。それと同時に、引き継いだ紫苑の記憶は、彼の生前の壮絶な孤独のせいで、地球という新しい故郷を守らなければならないという使命感に燃えていました。

輪の中でせめぎ合う記憶と感情が輪を苦しめ、まだ自我が確立しきっていない幼い輪の人格が、紫苑の記憶に塗り潰されそうになりながら、物語が進みます。

等の紫苑は、秋海棠の生まれ変わりに復讐をし、自らの正体を偽ったままあれこれと手を回し、月面基地に遺してきた装置を起動させたりしようと躍起になります。

この、紫苑の色んなものへの復讐劇がすごいんですよ。

少女漫画のヒーローのする顔じゃねえよって顔で、凄んで、脅して、怒り狂って、あちこちに前世のツケを払わせようとする姿が、圧巻。

また、喉から手が出るほど焦がれた故郷や、帰りを待ってくれている人、自分を愛してくれる人を失って、1人になってしまった9年間は、彼に狂気的な強迫観念を植え付けているので、「(自分を含めて)誰が傷ついても、理想の故郷を守る」という意思がとても強いんですよね。いっそ子どものような意固地さで地球を守ろうとする怨讐は、玉蘭が評する言葉を借りなくても「危険思想」です。

今白泉社で二巻まで無料になってるんですけど、二巻の最後で紫苑が秋海棠に「あの頃の愚痴」を聞かせるシーンがあるので、是非読んで頂きたい。

白泉社の電子書籍無料キャンペーン(7/6まで)

超能力と大人の思考と前世の怨念で復讐を果たしていく小学生男子がヒーローやってる物語が、今まであっただろうか。

かつての仲間たちを脅し、人質を取って傷つけ、心配して関わってくれた第三者(not転生者)たちをズタボロに痛めつけ、それでも尚、愛した女と自分の安らぎのために戦い続けるヒーローが、主人公たちの最大の敵です。

イケメンでもヘタレでもないし、めっちゃ素敵な相手ってわけでもないけど、色んな人傷つけ回るすごい悪役だけど、主人公がそこから助けてあげたい男の子がメインヒーローです。すごい。

 

偽善者たちの物語

それから、個人的にとても良かったなと思うのが、個人個人によって見えていた景色が全然違ったこと。

割と色んな人視点で過去の話に触れてくれて、同じ場面でも人によって感じていたことが全然違う、っていう印象になってます。

特に、主人公のありすの前世「木蓮」がすごい。

木蓮は故郷では、神に選ばれた「キチェ・サージャリアン」という神官や巫女のような位置づけの人なんですけど、本当に絶世の美女なんですね。両親ともに高位のそれだったし、歌や植物と対話する能力も高くて、超エリート女性でした。

周りは誰も彼もが、「木蓮は超エリート箱入り神官で、聖女の中の聖女」という認識だったんですけど、後半でありすが覚醒して木蓮の記憶の箱を開けてみたら、全然そんなことありませんでした。

ルールも規則もクソくらえ、自分も他人も人間一人救えないちっぽけな存在でしかないから期待なんて全くしない、誰か一人でいいから自分を神の代理ではなく一個人として見てほしい。我儘で剛毅ないつも寂しがってるじゃじゃ馬娘で、誰もが憧れる聖女なんかじゃなかったんですよね。

玉蘭なんかも、木蓮から見ればすごくいい奴で優しい人だったけど、紫苑から見ると最低最悪の「持つ者」で、反吐が出るくらいだったし。

あの月基地には、聖者も聖女も、ひとりもいなかった。

ただ、偽善者たちが偽善者としてのプライドを持って生き抜いて、死に、また生まれ変わって今生きていこうとしている。

「全てを救う聖母たりえるヒロイン」っていうのが、平成初期に少女漫画で流行ったヒロイン像だったと思いますが、木蓮もありすも欠点まみれで紫苑や輪ひとり救えないほどのちっぽけな存在だったっていうのは、非常に面白いキャラクター像でした。

でも、紫苑や輪を絶望させたのは木蓮とありすだけど、彼らを救おうとして、支えになり続けたのもまた、彼女たちだったんだよ。

 

未来を生きるための物語

異世界トリップとか、転生ものとか好きなんですけど、「この人たち、どっち選ぶの?」というのは一番の重いテーマであり、大事な結論なんですよね。

行った先、自分が暮らしてきた世界、家族、友人、記憶。どれを選んで、どこに腰を落ち着けて、どう生きていくのかって。

「ぼくの地球を守って」は割と全編通してこの問題を論じる機会があって、特に主人公であるありすと、過去の思い残しが今世では叶わない可能性の高い一成君は、前世と混同するのはやめようという主張を繰り返しています。

いいえ、輪君は8歳の子供です!! 守ってもらうべきときに守ってもらえなかった、8歳の子供です!! あたしはただの坂口ありすで、輪君をベランダから落とした、サイテー娘です!!」というありすの台詞は、(色々と余計な自己否定感も入ってるけど)物語の最後まで一貫していて、彼女はずーっと前世の記憶を持った復讐者を「お隣に住んでて、我儘で悪戯好きで、紫苑の記憶に押しつぶされそうな幼い小林輪」として見ていましたし、彼が紫苑ではなく輪として生きることを望んでいました。

輪自身も、壮絶な人生を送った紫苑の記憶のせいで、今自分を愛してくれる家族の存在はかなり大きくて、捨てがたいと思っています。

中盤で、色んなことでショックを受けたお母さんに拒絶されて、寂しそうな目をした輪君の姿は結構衝撃的でした。

「母親に『自分の子じゃない』って言われて、ショック受けない奴がいるかよ」と作中で評されてましたが、本当にその通り。狂気的に残酷な真似を繰り返してきた紫苑でも、長年求め続けていた家族の愛情と、輪として経験してきた柔らかな幸福が失われることは辛いんですよね。

前世の記憶を持ってて、超能力を持ってて、親とはまた違った人生経験を積んでて、狂気のうちに死んだことがあるなんて、親に打ち明けて信じてもらえるとは思えない。信じてもらえたとしても、家族に他人のように扱われたくない。家族が知ってる輪で在りたい。家族に嫌われたくない。だけど、真実を話せないなら、自分は本当にこの人たちの家族でいられるんだろうか?

輪君のそういう気持ちは、作中で色んな描写があって、お母さんもそれに苦悩している場面が多くあります。

たまに闇を抱えたキャラに、「俺には愛する人間なんて必要ない」みたいな奴がいますけど、紫苑も実際それに近い奴です。でも、彼はその延長線上で、「愛してくれる人間がいるのは当たり前のことではない。得られたときは、大切にしなければ」ということをよく知っています。

だから紫苑は、輪のお母さんの前では一介の小学生の小林輪になってしまう。抱きしめて、キスをくれて、おでんとグラタンを作ってくれる温かさをわかっているから。

二か月だけ自分の父親をしてくれたひとの、「悔しかったら、不幸になっちゃいけない」という言葉を覚えているから。

紫苑の怨念を引き継いでしまったけど、紫苑の亡霊はもう転生させてあげなきゃいけない。小林輪に転生させて、新しい人生を、新しい感情を、新しい思い出を作っていかないと。

この物語は、その昔、紫苑を助けてあげられなかったみんなが、紫苑の転生を助けてあげるための物語だった。

紫苑が紫苑の記憶を持ったまま、小林輪として生きるための、バランスを探る物語だった。

春ちゃんの手紙を引用するなら、前世は大事だけど、「未来はこれまでの穴埋めのためにあるべきじゃない」と結論づける物語だった。

みんな、輪君を子ども扱いしてくれてありがとう。

みんながそれぞれ、どうやって折り合い付けて生きるか選んだエピローグを読んだら、泣きそうだったよ。

 

登場人物全員の救いが描かれていた

一番嬉しかったのは、ヒーローとヒロインが幸せになればオールオッケーな物語じゃなかったこと。

紫苑を転生させてあげるために、輪君を連れて帰るために、一番に声をかけたのはありすだったけど、決め手の言葉をくれたのは彼を苦しめ続けた迅八(玉蘭)と春ちゃん(秋海棠)だった。

迅八は紫苑が何を考えていたか未だに理解できてないかもしれないけど、少なくとも、木蓮を通して見た紫苑の姿は理解しただろうし、玉蘭の生前の理由のわからない苛立ちやもやもやが少しでも晴れてるんじゃないかと思う。

春ちゃんは過去に最大級くらいの罪を犯して、今生で一番しっぺ返し喰らって、それでも自分の出来る限りをするために、紫苑を助けられたのは、本当に救いだったと思う。これで秋海棠も転生できただろうし、春ちゃんも前向きに生きていけるよ。

大介君はもう少し救いがあっても良かったのではと思うけど、輪君に罪悪感に言及されて、それがある意味彼にとっては断罪だったんだろうし、あれはあれで良かったのかなって。みんなにこぞって非難されてたら彼の心はぽっきり折れてただろうし。まあぶっちゃけ、あの後迅八が「みんなに顔向けできないって言ってる」って伝えても、みんな「ふーん」でスルーだったから、輪君以外には非難されなかったんでしょうね(笑)そう考えると、輪君に言及されたのが唯一にして最高の救いだったのかもしれない。

一成君については、もう何も言うまい。槐は過去ずーっと幸福な苦しみの中を生き抜いたし、一成君は作中死ぬほど苦しんだから、新しい恋に生きてください。

桜ちゃんが一成君とゴールインしたのは最高オブ最高だったな!! 前世からずーっと良き理解者を貫いた桜ちゃん(繻子蘭)の一人勝ち。「槐のお守りはもうごめん」…ふふ…今度はお守りじゃなくて、支え合って歩いていってね。

ちゃんとみんな前世の救いがあって、ちゃんとみんな次の幸せに前向きになれる終わりだったのが、とても良かったです。輪君とありすがくっついてハッピーエンド! だけじゃなくて良かった。

ココちゃんはちょっと解せない。紫苑は故郷亡びて9年間生きて転生したからみんなより9歳年下で、故郷と月基地の連絡の間は1年間って話だったから、そうなるとココちゃんは母国滅んだ後10年生き延びたってことなんだろうか。一瞬で母星が木っ端みじんに吹っ飛んだわけじゃないと思うから、ありえなくはないと思うけど、迅八に寂しい思いさせないためにこじつけた感じがして、ココちゃんの転生はちょっと解せなかった。

迅八悪い男ではないんだし、前世関係なく普通に幸せつかんだエンドでも良かったと思うよ!(個人の感想です)

 

「人を幸せにしたら自分も幸せなんて生き方は出来ないけど、案外言えてるのかも。自分は人を不幸にした分、その報いを受けてる」って紫苑がいつか語っていて、結局その言葉通り、かつての仲間たちを次々と傷つけた紫苑は、目論んでたコントロールができなかったんですよね。

でも、発狂後に月基地で作っていた装置で、仲間たちの弔いや、木蓮への慰労や、地球への愛情を注いでいた分、小林輪として、両親を得て、ありすに愛し愛され、今生を生きていけるんだとしたら、リアンの教えも紫苑の過去も無駄じゃなかったんだと思います。

対立はするけど救いたい、味方だけど敵だけど分かり合いたい。前世の自分たちを尊重するけど今生を生きていかなければならない。

たくさんの対比と多くの葛藤の、落としどころを見つけるための物語でした。

SF要素を上手く少女漫画的障害(困難、葛藤、試練)に絡めて、着地させた、すごい作品だったなと思います。

素敵な漫画を読んだ。めっちゃ楽しかった!

 

余談

連載当時未久路さん絶対人気だっただろ……。私も小さい頃に読んでたら多分未久路さん好きだったと思う。心がイケメン。記憶のない転生者。カッコイイ。

あと、昔の流行とか文化水準がわかってないと一瞬「え?」ってなったりすると思うので、「古い」を乗り越えて面白くても、今の若い子が読むには大変な部分もあるかもはしれない。一家に一台しか電話がなくて、好きな人の家に頻繁に電話かけてたら親兄弟にバレバレとか、一度出かけると連絡が取れないとか、今どきの子にはわからないよね(笑)そういう私も、年頃くらいから一人一台ケータイ世代なので、電話事情は「噂には聞いてたけど……」って感じです。

それから、「ワンレンボディコン」って言葉はうっすら聞いたことがあるくらいだったから、作中で何度も「ワンレン」って出てきて、「話の流れ的に髪型の一種っぽいけど、ワンレンって何だ~?!」ってggって、またひとつ賢くなりました。今でも使う言葉のようなので、私の無知もあるかもしれないけど、昔の流行だったから作中で平然とアイコンのように使われていたことは確かだ。

 

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